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かんばしいビワの樹

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冬の蜜源植物にビワがあります。 ビワは冬に花を咲かせる数少ない貴重な樹木のひとつです。しかし上荘町にビワは、わたしが把握してる限り、5か所にしか生えていません。意外と少ないものです。 もちろん、わたしが知らないどこかに生えている可能性はあります。人様の庭をジロジロ見るわけには行きませんからもっとあるかも知れませんが、それでも5か所と言い切ってしまうのは、ビワの花の香りが非常に強いからです。 実際のところ、100m以上離れているところでもビワの花の香りに気がつくものです。ビワの香りがしなければビワはないと言ってしまっても良いくらいなのです。 わたしがビワの香りに気がつくくらいなので、当然ミツバチが見逃すはずがありません。晴れた冬の日にビワの花にミツバチがいないことはありません。 冬に頼りになるビワの木がもっと生えていてくれれば良いのですが、自然にはなかなか増えないようです。

聖書とハチミツ4--士師/裁き司

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士師 タナハ、あるいはヘブライ語聖書(立場によっては「旧約聖書」)で戸惑う用語のひとつに「士師」があります。「士師」はめったに使われることのない日本語なので、意味が分かる人はほとんどいません。「士」と「師」なので、「侍」と「先生」かしらと考えてしまいがちですが、そう考えても正しい意味は分かりません。 「士師」を英語に戻すと”Judges”になります。”Judge”は「裁判官」です。しかしそう訳すとますます間違いにはまり込みます。聖書における「士師」は裁く者でしたが「裁判官」ではありません。「士師」は特殊な聖書用語なので、語義から考えても意味はありません。 「士師」とは、カナンの地に入植後、イスラエルに統一され王朝が成立するまでの間の、各部族の指導的立場や目立った立場にいた人物のことです。「士師」は語義が実態から乖離しているので、特殊な聖書用語であることと、原義を重視して、訳語は「裁き司」くらいが落としどころのように思います。 なお、”Judges”に「士師」という訳語が与えられたのは、古代中国で刑罰の任に当たった役人のことを「士師」と呼んでいたからです。聖書における”Judges”の苦肉の訳だったと思われます。 デボラ 前置きが長かったですが、イスラエルにおける蜂蜜についてです。「女預言者」にデボラという人物が出てきます。デボラが何をしたかについては省略しますが、その名前「דְּבוֹרָה‎, 」は、「ミツバチ」または「ハナバチ」という意味です。 デボラという名前が、生まれた時に名付けられたものではなく、後から業績に基づいて与えられた贈り名(諡号)だとしても、彼女が蜂蜜好きだったとか、ミツバチを飼っていたとか、そういうことは分かりません。そういうことは聖書のテーマには重要ではないのです。 このブログで注目するのは、当時のイスラエルに「ミツバチ」という語が存在し、それが人の名に用いられたことです。イスラエルにもミツバチがいて、それが認識されていたということです。ミツバチが認識されていたということは、その生産物であるハチミツも認識されていたはずです。つまり、甘い食品としてハチミツは当時の人々に認識されていたということです。 この「デボラ」という、エピソードとは無関係な名前が保存されたおかげで、士師編纂時(バビロン捕囚後)、場合によってはソロモンよりも前の古代のイスラ

腹側撮影法

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ヘギイタダニ寄生率モニタリングの必要とシュガーロール法の欠点 ヘギイタダニ寄生率をモニタリングすることは養蜂を行う上で非常に大切なことです。 寄生率が分からないのに防除を行うことはできません。寄生率を調べずに全群に薬を入れることもできますが、特に防除の必要もなく薬を入れるのは薬代の無駄になります。そうでないとしても蜂、特に女王蜂の寿命を縮めることになります。むやみに薬を入れるべきではありません。 寄生率を調べる標準的な方法にシュガーロール法という方法があります。詳細は他のサイトに譲るとして、その方法は、砂糖が無駄になり食べ物を粗末にしているようで、というか実際にそうなので、あまりやりたくない方法です。読者のみなさんもきっと同じように感じていることでしょう。 もっと賢い方法はないのでしょうか。通常ヘギイタダニは蜂の腹側や側面に寄生しているものです。通常見えるのは蜂の背中にいる時です。背中についているのは他の蜂に乗り換えようとしている時で、めったに見られません。もし見ることができるようになったなら、それは寄生が相当進んでいる状態なので、むしろ見たくないものです。 クリアファイルケース 腹側を見る方法を考えました。透明のケースに入れて下から見るのです。 そこで、主に110円の商品を広く取り扱っている店で透明のケースを買ってきました。これに蜂を入れて下からデジカメで写せば、自宅でゆっくり腹側を確認できるはずです。 ケースを開き、巣枠から蜂を落とし直ぐに蓋をしました。蜂は飛んで逃げてしまいますからね。 蓋をする時は、挟んで殺してしまわないように気をつけました。 蓋を閉めててしまえばこちらのものです。 あまり入っていないように見えるかも知れませんが、これでも60匹も入っています。 遠慮せずにもっと落とせばよかった。 ミツバチの腹側 下のふたつの画像をクリックして見る時は、画像サイズが大きいので気をつけて下さい。 いわゆる8Kサイズの、数Mバイトもある巨大な画像ファイルです。 こうしてみると蜂の腹側がよく見えますね。 もっと透明度の高い素材だったら、よりよく見えていたかもしれません。 ヘギイタダニは写っているでしょうか? 胸部の 腹側 についているヘギイタダニ 蜂の腹側がはっきり見えますが、ヘギイタダニらしいものを見つけることはほとんどできませんでした。 普段から、ダニの寄生率は

聖書とハチミツ3--乳と蜜の流れる地

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乳と蜜の流れる地 神ヤハウェ/エホバがアブラハムに対し、その子孫に与えると約束した「約束の地」は「乳と蜜の流れる地」(出エジプト3:8)でした。この程度のことは、イスラム教やユダヤ教、キリスト教の信者でなくても教養のある人なら誰もが知っていることでしょう。 今回考えるのはこの「蜜」についてです。養蜂家ならこの「蜜」のことを「蜂蜜」と思ってしまうことでしょう。英語訳の聖書を見ると約束の地が”a land flowing with milk and honey”なので、ますますその確信を強めてしまうことでしょう。 דבש しかし、ヘブライ語で書かれた聖書中の語義を英語で考えるのはナンセンスです。かといって、ヘブライ語で考えればより良く分かるというものでもありません。 「乳と蜜の流れる地」の「蜜」のヘブライ語は、「דבש」です。「דבש」ではなんのこっちゃ分かりませんので、音訳すると「ドゥバシュ」になります。音訳しても解釈にはまったく役に立ちませんが。 ヤハウェが約束した「דבש(蜜)」が一体何なのかは、当のユダヤ人たちも一義的には分からなかったので、その解釈は注釈書に当たるタルムードを参照していました。タルムードのケトゥボート(Ketubot)の111bによれば、「דבש(蜜)」は、イチジクの甘味のことのようです。なお、「乳」の方はヤギの乳です。 ラミ・バル・エヘズケルRami bar Yeḥezkelは、ベネイ・ベラクBenei Berakに偶然出会った。彼はイチジクの木の下で草を食べているそれらのヤギを見た。そこには、イチジクからにじみ出る蜜(דבש)とヤギから滴る乳があり、ふたつの液体は共に混ざっていた。彼は言った。これは「乳と蜜の流れる地」という節の意味である。(Ketubot 111b) https://www.sefaria.org/Ketubot.111b.22?lang=bi&with=all&lang2=en しかし、これもラビたちの解釈なので、イチジクで間違いないとまでは言い切れません。これをナツメヤシだと考える人もいます。イスラエルには昔からナツメヤシが生えていて、その実を乾燥させたものはデーツと呼ばれています。デーツは非常に甘いドライフルーツです。 要するに今も昔も、ヤハウェが言った「דבש」が何なのか誰も分かっていないのです。

沈黙の秋

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今年もセイタカアワダチソウは9月中に咲いてくれました。これでミツバチも越冬の食料を蓄えることができるはずです。 しかし、今年のミツバチの成績は芳しくありません。7月はずっと雨、8月は高温と日照りだったため、2か月あまり蜂たちは仕事になりませんでした。その間、花も少なかったのでしょう。どの群れも疲弊しています。 苦境に立たされているのはミツバチだけではありません。今の時期はオオスズメバチやキイロスズメバチ、コガタスズメバチの来襲で大忙しのはずなのですが、これが驚くほどやって来ません。あまりにやって来ないので滅んだのではないかと心配してしまうくらいです。 スズメバチは、この2か月の肝心な時期にコロニーを拡大させることができなかったと思われます。つまり毛虫や芋虫がほとんどいなかったのでしょう。害虫がいないことは一見良いことですが、同時に薄ら寒いことでもあります。それだけ地域環境が貧しかったことを意味するからです。 実際、今年の上荘の夏は貧しかったものと思われます。木の実も熟す前に落ちているものが多くありました。花蜜がないだけでなく実もないならば、イノシシやアライグマその他タヌキやキツネはどうやって生きていけばよいのでしょうか。 次の冬はラニーニャのせいで冷え込む予想です。秋が長引けば、蜂は立ち直るでしょうし、動物たちも冬越しの準備ができるはずです。あと2か月、できれば3か月今の気候がもってくれることを願うばかりです。

聖書とハチミツ2--古代イスラエルにおける養蜂

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人類は有史以前から蜂蜜を採取してきました。古代エジプトの壁画からも養蜂が行われていたことが分かっています。 古代イスラエルの様子を垣間見させてくれる聖書の中には蜂蜜の記述はありますが、養蜂についての記述はありません。しかし、イスラエルでは少なくとも紀元前1000年頃、すなわちソロモン王朝の頃には既に養蜂が行われていたようです。 テル・レホブの遺跡 テル・レホブというヨルダン川西側には遺跡があり、そこから養蜂箱が発掘されています。養蜂箱といっても、現代使われている四角い木箱ではなく、藁を混ぜて補強した泥を日に干して固めた円筒形のものです。直径40cm、長さ80cm、厚さ4cmですが、容量は約56リットルと現代の養蜂箱と同じ程度です。 この円筒形の養蜂箱はエジプトやメソポタミア周辺でよく使われていたタイプのもので、イスラエル独自のものではありません。イスラエルの養蜂は近隣国から伝えられたのでしょう。 種蜂の輸入 発掘された円筒形の養蜂箱には蜜蝋が残っており、その中に閉じ込められ保存されていたDNAを分析したところ、飼っていたミツバチは地元の攻撃的なミツバチ(シリアミツバチ;Apis mellifera syriaca)ではなく、アナトリア半島(現在のトルコ)の生産的なミツバチ(アナトリアミツバチ;Apis mellifera anatoliaca)だったことが明らかになりました。今から3000年前のイスラエル人は周辺国と交易があり、養蜂に適したミツバチをわざわざ輸入していたことが分かります。 現代でこそ育種のために他のミツバチを輸入することは行われていますが、それが飛行機もない3000年前に行われていたのは驚きです。また、ユダヤ教は異邦人に対して排他的なように思われがちですが、そのような態度は司祭階級や熱心な信者の間に限られ、末端においては必ずしもそうでなく、交易を通して異国の技術や産業を採り入れていたことが伺えます。 養蜂を行っていたユダヤ教エッセネ派 このテル・レホブの養蜂場は、災害か戦乱かは不明ですが、火災により放棄されたようです。それでもイスラエルで養蜂が途絶えた訳ではありません。 フィロンの『ヒュポテティカ』(十一Ⅰ-18-8)には、エッセネ派と呼ばれた紀元前後1世紀頃の敬虔主義者らが、人里離れたとこ

養蜂場ができてから--タバコの吸い殻の不法投棄

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上荘ではイノシシが辺りを荒らし回っており、地元の農家は頭を悩ませています。 養蜂場はまだイノシシの直接的な被害を受けていませんが、近くでイノシシの罠が仕掛けられたのと丁度同じ8月末頃に、タバコの吸い殻を残されるという重大な被害に遭いました。 一体誰がこんな重大な犯罪をしでかしたのでしょうか。今どき道端でさえタバコの吸い殻を見つけるのは難しいというのに、謎は深まるばかりです。 タバコを捨てられた方は、今後こうしたことは行わないようにお願いいたします。 犯行現場はここです。右に見えるブロックに腰掛けてタバコを吸ったのでしょう。 ブロックは蹴り落とされていました。 タバコを吸う人のマナーの悪さには辟易します。火事の原因にもなるので決してタバコは捨てないでください(タバコに限りませんが)。 さて、こちらは近くに設置されたイノシシの罠です。このような地域貢献が行う立派な人がいる一方で、地域にゴミを残して平気な人がいるというのは残念なことです。

聖書とハチミツ1--復活後のイエスはハチミツを食べたのか?

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渡辺孝著『ハチミツの百科』(真珠書院、1969年)という養蜂家なら一度は読んだことがあると思われる本の5ページには、「キリストが十字架上でよみがえったとき、最初に食べたものは実は『焼き魚とハチミツ』だった」と書かれています。色々とツッコミどころの多い誤った記述ですが、果たして「復活後のイエスはガリラヤ湖畔で弟子らと『焼き魚とハチミツ』を食べた」のでしょうか。 この復活後のイエスが弟子らと食事をした記述は、ルカ24章41節から43節に書かれています。 彼らは喜びのあまり、まだ信じられないで不思議に思っていると、イエスが「ここに何か食物があるか」と言われた。彼らが焼いた魚の一きれをさしあげると、イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた。(口語訳) ハチミツは出てきません。食べたのは焼いた魚だけのようです。これは口語訳の聖書だけでなく、他の訳の聖書においても同じですし、他の言語の聖書においても変わりはありません。それにもかかわらず著者の渡辺氏は増訂序文の中で、自分の英語の聖書には書かれているし、ギリシア語の「原典」にも書かれているから、自分の持論は間違っていないと主張しています。 さらに渡辺氏は「実はキリスト教は門外漢の私にはもう手に負えません」と、専門知識がないことを認めながらも、「改訳の際には、ぜひ原典どおりハチミツという訳語を入れていただきたい」とまで書いています。 なぜこのような悲劇が起こってしまったのかと言うと、渡辺氏が使っていた聖書は、後世の写字生が加筆した写本を底本とした聖書(おそらくは、ラテン語ウルガタ訳か、シリア語クレトニア写本(5世紀)を底本とした英訳聖書)だったからです。 現代の聖書翻訳で底本として採用されているのは、主にバチカン写本(4世紀)やシナイ写本(4世紀)で、このように古い聖書写本のルカ24章にはどこにも「ハチミツ」の記述はありません。つまり、「ハチミツ」は何らかの理由で後代に書き加えられた「原典」には存在しない記述なのです。そのようなわけで、現代用いられている聖書で、復活後のイエスが弟子と共にした食事でハチミツが出てくるものは、ありません。 もし渡辺氏がこのような写本(決して「原典」ではない)についての「専門」知識があれば、「改訳の際には、ぜひ原典どおりハチミツという訳語を入れていただきたい」という