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ニセアカシアの開花と養蜂場の花々

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5月4日に上荘のあちこちでニセアカシアの開花が始まりました。
ニセアカシアは例年5月中旬に咲くことが多いのですが、今年は例外的な早さでした。
このような一足早い開花は今年の異常な暖冬の影響ゆえです。

一方でこちらは夏蕎麦の花です。5月8日に開花しました。昨年も7日開花でしたのでほぼ同時期に開花したと言えます。
冬の間から既に存在していた植物と、種の状態で冬を越した植物とでは暖冬の影響の受け方が異なるというわけです。
(ところで、2月16日に発芽した夏蕎麦はその後枯れてしまいました。)

暖冬は必ずしも蜂群にとって良いわけではありません。蜂群の成長と流蜜のタイミングがずれるからです。

さて、上の夏蕎麦は昨年開花したもののこぼれ種が発芽したものです。
しかし養蜂場には、蒔いていない花も顔をのぞかせています。
一昨年までは笹しか生えていなかったところに、蒔いたわけではないレンゲが咲きました。
スミレも同様です。
一体どこからやってきたのでしょうか。
ヘビイチゴです。イチゴのような白い小花を咲かせていました。
その他にも、ホトケノザやカラスノエンドウも咲いていました。

おそらくは昔に蒔かれていたものが笹の妨害を受けなくなり咲くことができるようになったのだと考えますが、生命力の高さには驚かされます。

ハチはなぜ大量死したのか--農薬による蜂群崩壊

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蜂群崩壊

4月上旬にある強群が蜂群崩壊を起こしました。その群れは昨年から常に強勢を保ち続けた期待の星でした。

ひっきりなしに行われていた外勤が控え目になったように思われ、蓋を開けてみたところごっそり減っていました。内勤蜂の数も減っており、すべての蛹を温めることすらできていません。
死骸も床に転がったままです。

メカニズム

蜂児の世話がままならないということは、外勤蜂が外で死んだだけではなく、内勤蜂が巣箱内で寿命よりも早く死んでいったことを意味します。つまり、内勤蜂は外勤蜂が持ち帰った毒、すなわち農薬を食べたということです。

毒ならば外勤蜂が口にした時点で外勤蜂が死に、それを巣に持ち帰ることはなさそうに思われますが、その毒の濃度が直ちに死ぬほど濃くなかったため巣に持ち込まれました。その「薄い毒」は巣内で濃縮され、致死レベルに達しそれを食べた蜂が死んだわけです。

昨年の大量死

同じことは昨年の4月にも起きました。

ハチはなぜ大量死したのか--農薬

近所のどこかで花に農薬が撒かれたのでしょう。

春の到来

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今年の冬は稀に見る暖冬でしたが、3月の中頃から足踏みを始め、なかなか春になりきらない微妙な気候が続いていました。

特に先週末には気温が下がり台風のような強風も吹き荒れ、不安定な気候を強く印象づけるものとなりました。

春らしくなったのは今月の後半になってからです。
日曜日の強風でソメイヨシノが丸坊主になってしまうのではないかと心配しましたが、幸いなことに花が散ることはありませんでした。ソメイヨシノは本日も、蜂たちに蜜を提供し続けています。

週末の雨の後に気温が上昇したことで、一斉に発芽が始まりました。
これはヒマワリです。1か月ほど前に夏の蜜源植物として蒔いていたのですが、一昨日くらいから続々と発芽を始めています。

発芽を始めたのはヒマワリだけではありません。その他の蒔いていた種も、そうでない種も発芽を始めています。ついに春になったと告げているかのようです。

今後のブログ運営について

これまで1年もの間、週1の投稿を続けることができました。

今後もブログの更新を続ける予定でいますが、持続可能なものにするためにも、これからしばらくの間は隔週で更新することにいたします。

今後もご愛読いただければ幸いです。

小野の長池と弥三郎池

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小野の北側、山裾には長池と呼ばれる上荘で2番目に大きな池(小野687)があります。これもまた、塔の池と同様、見土呂の大西知雄が中心となって造られた/改修された溜め池です。

塔の池と大西知雄

元は山の谷間にある池で灌漑には不十分だったものを大西知雄が中心となって改修し、1831年(天保元年)に完成させました。塔の池の完成が1827年(文政10年)のことなので、塔の池(上池)完成の余韻に浸る間もなく、長池改修プロジェクトが始まったのでしょう。

一連の事業は、大西知雄の篤志家としての一面を表すものであるのは間違いありませんが、同時に多くの小作地が小野や薬栗にあったことも物語っています。

弥三郎池

ところで、長池のすぐ南東に「弥三郎池」(小野字中池484)という、上荘のみならず加古川においても例外的に人名が付された小さな溜め池があります。人名が付されている場合それを顕彰して造った人に因むのが普通なので、おそらくそういうわけなのでしょうが、これについて資料はありません。

順序としては、長池が溜め池として改修された後にそれよりも小さい溜め池をわざわざ造る合理性はありませんから、弥三郎池が造られたのはそれよりも以前だったと想像されますが、これについても資料はありません。

未交尾女王蜂について

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女王蜂の交尾飛行と産卵開始に要する日数について

一般的な養蜂書を紐解くと、「女王蜂は出房(羽化)後5日頃に交尾飛行に飛んで行き、直ちに産卵を開始する」といった趣旨のことが書かれています。しかし観察していると、実際は出房から5日後に飛んでいく女王蜂は珍しく、多くの女王蜂は出房から10日ないし2週間後に飛んで行き、それからしばらくして産卵を開始しているようです。

研究者の論文を確認すると、「セイヨウミツバチの交尾飛行の開始は羽化から6日ないし11日で、交尾は7日から17日」といった趣旨のことが書かれており、上の観察と概ね一致します。

ニホンミツバチとセイヨウミツバ チの交尾時刻と交尾場所の相違

最初に紹介した一般的な養蜂書の記述は、完全な間違いではありませんが、出房から5日後に交尾し産卵を開始するとというのは、ややミスリーディングなところがあるように思います。

女王蜂が羽化してから直ちに交尾飛行に出ていかないのは、「性成熟」に時間がかかるからです。また、最短日数と最長日数に倍ほどの幅があるのは、個体差や天候によるものです。

未交尾女王蜂の末路

上の観察からも、女王蜂は羽化から2、3週間後には産卵を開始しているものですが、なかなか産卵を開始しない女王蜂もいます。産卵を開始しない原因のひとつに未交尾であることがあります。

羽(翅)やそれを動かす筋肉に問題があって飛ぶことができない女王蜂は当然に交尾することができません。また、梅雨など交尾飛行に出かけるタイミングに雨が続くと交尾の機会を逸してしまい、そのままになることもあります。

産卵しない女王蜂を飼い続けるとどうなるかというと、2か月で民である働き蜂は寿命が尽きて居なくなり、最後に王だけが残ることになります。しかし、その王も働き蜂の世話を受けられなくなるために一晩で死んでしまいます。
女王蜂が交尾しないと、群れはわずか2か月で消滅してしまうのです。

オス蜂だけを産む女王蜂

未交尾女王蜂が産卵することもあります。しかし、その女王が産む卵から出てくるのはオス蜂ばかりです。オス蜂は蜜や花粉を集めに行くことはしません。また、育児や掃除といった巣内の仕事もしませんから、群れの運営に貢献することはありません。そのため、働き蜂がいなくなる時にオス蜂も共に滅びることになります。

オス蜂を産む女王蜂は、オス蜂を介して自分の遺伝子の半分を残すことに…

養蜂場ができてから-残置物

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以前、
養蜂場ができるまで--残置物
という記事で、農地に残された多くのゴミについて書いたことがあります。

養蜂場として整えるまでにあらかた処分したのですが、その後も今に至るまで、ゴミの「発掘」は続いています。積もり積もった「表土」が削れていくたびに、色々なゴミが顕わになります。
長靴のようです。
なぜこんなものが埋まっているのでしょうか。信じられません。
カルシウム入りの「HI-C リンゴりんご」は、コカ・コーラのブランド「HI-C」シリーズのラインナップのひとつで、1995年発売の商品です。
https://news.nissyoku.co.jp/news/nss-7927-0052

他にも色々出てきます。掘り出し尽くしたと思っていたビニールシートや発泡スチロールの板なども出てきます。
戦いはまだ終わりません。

全群越冬は可能か

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言うまでもなく越冬は、養蜂家にとって重要な課題の1つです。今年は暖冬のおかげもあり、蜂群喪失率は1割程度ですみました。逆に言うと、9割もの群れが「越冬」に成功したわけですが、一言に「越冬」といっても少なくとも2つの観点からの「越冬」があります。

まずは、「女王蜂を含み蜂群が生き残ることができたかどうか」という観点での越冬、そしてもうひとつは、「流蜜期に採蜜可能な群勢になるほどの蜂量が残っているかどうか」という観点での越冬です。

つまり、後者のような観点からは、仮に蜂群が無事に生き延びることができたとしても一握りほどの働き蜂しか残っていないなら、その年にその群れから蜜を採ることも、分割して増やすこともできないでしょうから、実質的には越冬に失敗したとカウントされることになります。そのような場合は、他の群れから援軍を迎えて建て直す必要があります。

それでも滅ぶよりは越冬する方がマシなので、ここでは第一義の観点からの越冬について考えることにします。

貯蜜切れ

まず、越冬中に蜜が切れたら滅びます。これを「貯蜜切れ」といいます。エネルギーとなる蜜がないと巣内の温度を維持できず、変温動物であるミツバチは動けなくなりそのまま凍死してしまいます。この場合は、多くの蜂が空になった蜜房に頭を突っ込んだまま死ぬことになり、その様は見るに耐えない悲惨なものになります。

このような餓死は自然状態でも生じえます。群れが十分の蜜を集めていなかったり、秋季に十分花が咲かなかったり、冬が長く、または冷え込みが強かったり、寄生虫や病気といった、自然の気まぐれによって生じることがあります。

飼育下のミツバチの場合は、主に蜜を取りすぎた場合に起こりえます。蜂群の凍死は、貪欲に搾取した報いと言うことができます。

それでも飼育下にあるミツバチには秋季の段階に砂糖水を給餌しておくことができますし、また定期的に巣箱を持ち上げて残りの蜜の量を量り、軽すぎるようなら冬季でも緊急的に給餌することもできます。

このようなわけで、飼育群が凍死するのは、養蜂家が貪欲だったか、蜂群れの状況を把握することを怠っていたか、やるべきことをやっていなかったということを意味します。要するに、養蜂家として恥ずかしい失敗を犯したということです

盗蜂

十分の蜜を残しておく/与えるといったやるべきことを行っていても越冬に失敗することがあります。そ…