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6月, 2019の投稿を表示しています

初夏の蜜源植物“ネズミモチ”

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「 複雑な栗の花 」の続きです。 栗の花は、15日の嵐であらかた散ってしまいました。老け込んだ栗の穂が道路に落ちているのを目にされた方もおられるかも知れません。 栗が散った今、ミツバチはどこへ行っているのでしょうか。そのひとつにネズミモチ/トウネズミモチがあります。 「ネズミモチ」と聞いてもピンと来ないかも知れませんが、きっと見たことがあるはずです。 これがネズミモチです。 花 ネズミモチは生け垣に使われていることが多いですが、上荘では生け垣よりも、雑木林に生えている「名前不詳の常緑樹」でしかないかもしれません。 ネズミモチは、今の時期に花を咲かせます。どのような花かと言うと、人間の観点からは花らしくない花です。 しかし、ミツバチを始めとする訪花昆虫にとっては素晴らしい花のようで、ネズミモチに近づくと羽音がよく聞こえてきます。 名の由来 なぜ「ネズミモチ」というのかというと、葉がモチノキに似ていて、実(み)が「ネズミの糞」に似ているからです。なかなか酷い由来です。 実がなるのは晩秋ないし冬にかけてです。本当に「ネズミの糞」に似ているかどうかについてはその時にご確認ください。 地域の自然環境を豊かにするネズミモチ ネズミの糞かどうかはともかく、この実は鳥に人気があります。冬には鳥がしばしば実をついばみにやって来ます。 ネズミモチは、初夏にはミツバチを始めとする昆虫に蜜を提供し、冬には鳥に実を提供し、地域の生き物を養っています。そのお返しに昆虫は受粉し実を稔らせ、鳥はあちこちに(糞とともに落して)植樹して回っています。ネズミモチは生態系の縁の下の力持ちですね。 ネズミモチとトウネズミモチ ネズミモチには、トウネズミモチという種類もあります。「トウ」とは「唐」のことで、中国由来のネズモチということです。 葉の裏面に葉脈が透けて見えるかどうかで区別します。葉脈が見えるのがトウネズミモチです。上荘のネズミモチは、トウネズミモチが多いようです。 ネズミモチについては以上です。本を調べても、名前の由来と見分け方で終わってしまいます。花は観賞用ではありませんし、実も食用ではないのでそれほど深く研究されていないのかもしれません。それでも養蜂家にとってはありがたい植物です。 「 夏の蜜源--夏

ハチはなぜ大量死したのか--女王蜂の誤帰巣

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「 ハチはなぜ大量死したのか--農薬 」の続きです。 養蜂家にとってショックなのは、巣箱の前に死骸が大量に転がっていることです。 真っ先に疑われるのが農薬ですが、他の群れではそのようなことは起きていないようなので、農薬ではないのかもしれません。 巣箱を開けると床一面に死骸が転がっていました。 よく観察すると、死骸の中で団子になっている蜂の塊がありました。喧嘩があったようです。 喧嘩というのは他の群れの蜂が間違って別の巣に入った時に起きますが、それほど大規模にはなりません。蜜を集めに行った働き蜂が巣を間違えてしまうことは、巣箱を入れ替えたりしない限り、なかなか起こらないことだからです。 上のように大乱闘とでもいうべき喧嘩は、他の群れの女王蜂が別の巣箱に入った時によく起きます。そのような事故は、内検の最中に女王蜂が逃げ出してしまい、他の群れに迷い込んだ時に起きることがあります。今回の大量死も、女王蜂が原因でした。  これが女王蜂です。働き蜂と比べると違いは一目瞭然です。 今回の大量死の原因となった女王蜂は、交尾飛行から戻る時に巣を間違えてしまったようです。その証拠に、ある巣では、交尾飛行に出る頃の女王蜂がいなくなっていました。 巣箱は互いに十分離れており、また地形も特徴的なため、誤帰巣は想定していませんでした。このような事故は今後も防ぎようがありませんが、低い帰巣能力をもった遺伝子を増やすわけにもいかないので、これはこれで良しとしなければなりません。 「 ハチはなぜ大量死したのか--オオスズメバチ被害 」に続きます。

養蜂場ができるまで--開墾

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上荘養蜂場は、上荘のある方の農地をお借りし運営しています。 蜂はめったに人を刺すものではありませんが、人に恐怖心を抱かせてしまう問題があります。近くに/家の中に飛んできただけで大騒ぎになるのは珍しいことではありません。そもそも絶対に刺さないわけでもありません。不用意に近づくなら蜂刺事故も起こりえます。 そのような問題があるため、人が寄り付かないところを探していました。幸い理想とするところに農地があり、そこを貸していただくことができました。しかし、その農地は長年使われていなかったため、草木が生え放題になっていたのです。 養蜂も農業の一種ですが、田畑で植物を育てるわけではありません。極端なことを言えば、蜂が住む巣箱を置くことさえできればそれで十分です。しかし、だからといって藪のままで良いわけではありません。 草が生えたままではマムシが出やすいですし、マダニに取り付かれる恐れもあります。イバラのトゲに引っかかれば服が傷んだり破れたりしてしまいますし、ツタに足を引っ掛けて転倒する危険もあります。なによりも、荒れた農地を見ていると心が荒みます。 そこで、徹底して開墾することにしました。 これが、作業を開始する前の様子です。 なんと形容すべきでしょうか。立派な耕作放棄地?  原野化しています。 笹、イバラ、セイタカアワダチソウ、クズ、カラスウリ、その他さまざまな草木に覆われています。 農地は一度雑草に覆われてしまうと、耕作には不適になります。 作物を育てようとしても、数年間は雑草と格闘することになってしまいます。 そのようなわけで、耕作をやめて数年経った農地は、借り主に敬遠されるようになり、ますます荒れてしまう悪循環に陥ります。 幸い養蜂は、雑草が多少生えたとしても直ちに困ることはありません。 草刈りは容易ではありませんでした。草木は縦にも横にも互いに絡み合っており、根本を刈るだけでは倒れてくれません。根本を切っても上で繋がっていてぶら下がったままです。そのため、草刈り機は横だけでなく縦にも動かさなけれなりませんでした。 無我夢中になって草刈り機を振り回しました。一体いつになったら終わるのでしょうか。 結局草刈りは、あらかた刈るのに3日、細かいところを含めれば1週間を要しました。 大分すっ

心中池の謎

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「 誰が為に「みとろフルーツパーク」はある 」の続きです。 みとろフルーツパークの南側には溜池があります。 ギャラリーに展示されている八ツ塚古墳の解説地図をよく見ると、この溜池の名は「心中池」だということが分かります。 推理 「心中池」。なんという名前でしょう。もっとマシな名前はなかったのでしょうか。いつの時代か、男女、あるいは家族が将来を悲観してこの池で身を投げたのでしょうか。 心中はドラマにはありがちなテーマですが、現実にそう滅多にあるものではありません。そのため、心中事件が起きてからというもの、誰ともなしにこの池のことを「心中池」と呼ぶようになり、それが定着したのかも知れません。 「心中池」なぞ縁起でもないですから、別の名前を付け直す動きがあったのかも知れませんが、それでも、心中のような痛ましくショッキングな事件を人々の記憶から拭うことは難しく、名前を付け直してもその名で呼ばれることはなく、今に至るまで「心中池」と呼ばれ続けたのかも知れません。 真相 などと、「心中池」の由来についてあれやこれやと考えていたところ、加古川市の地図を見る機会がありました。ふと「心中池」に目をやると、この謎は一瞬にして解けました。 「心中池」は「心中池」ではなく、「真珠池」だったのです。 教育委員会が八ツ塚古墳の解説資料を作成する際に「真珠池」を「心中池」と誤植してしまい、あるいは誤植された地図に従い、その後訂正する機会のないまま今に至るのでしょう。 「 長慶寺山古墳群 」に続きます。