2020-12-25

聖書とハチミツ5--穢れたミツバチの蜂蜜を食する


コシェル


聖書とハチミツ4--士師/裁き司」の続きです。

ユダヤ教には一定の食餌制限があり、宗教的に穢れた動物を食べることはできません。

たとえば、ブタやラクダを食べることはできません。ラクダは反芻しますがひずめが分かれていないからです。一方ブタはひずめは分かれていますが反芻しないからです。

このような現代の日本文化に生きる人々には奇妙に思えるルールは、レビ記の11章に書かれており、「コシェル/カシュルート」と呼ばれています。


昆虫食


このコシェル(食べてもよいもの)と呼ばれる食餌規定の中には、昆虫についても定められています。次のとおりです。

すなわち、そのうち次のものは食べることができる。移住いなごの類、遍歴いなごの類、大いなごの類、小いなごの類である。

しかし、羽があって四つの足で歩く、そのほかのすべての這うものは、あなたがたに忌むべきものである。

レビ記11:22,23(口語訳)

いなごは食べて良いようです。バプテスト・ヨハネもいなごを食べていました。しかしそれ以外の昆虫は食べてはならないようです。「羽があって四つの足で歩く、そのほかのすべての這うもの」だからです。

昆虫を「四つの足」とするのはやや気になりますが、細かいことは気にせずに話を進めると、ミツバチは食べてはいけない動物ということになります。


ラビたちの解釈


ハチノコは別として成虫のミツバチを食べることはないので、それほど困ることはないように思われますが、ユダヤ教のラビたちには考えるべきところがあったようです。

次のとおりです。

バーライターbaraita(訳注:ミシュナに収録されなかったラビの言説)からのゲマラGemaraの反論。どのような理由から賢人たちは、ミツバチの蜜は許されていると言っているのか?それは、ミツバチは花の蜜を体に入れて運んでいるが、体のエキスとして蜂蜜を抽出しているわけではないという理由からである。ロバの尿はその体そのものから作られたエキスではないのと同じである。むしろそれは、体に入ったのと同じ形で排出されたに過ぎない。ではなぜそれは禁じられるべきだというのか?[禁じられるべきではない] 

ゲマラGemaraの答え。ラブ・シシェトRav Sheshetは、非コシェルの動物から出る物質は非コシェルだという原則の例外として慈悲深いお方は蜂蜜を許しておられる、と蜂蜜に関して述べているラビ・ヤーコブRabbi Ya'akovの意見と調和した答えを述べた。 

これはバーライターbaraitaの中で教えられているとおりである。ラビ・ヤーコブRabbi Ya'akovは、「ただし、これらは羽があるもののうちあなたが食べてよいものである」(レビ11:21)の「これら」という語は、あなたはこれらを食べてもよいが、非コシェルの羽がある生き物は食べることはできない、ということを指し示している、と述べられている、と言っている。
ゲマラGemaraの質問。なぜこの推論は必要なのか?非コシェルの羽の生えた生き物を食べることは禁止されているとはっきりと書かれている。「すべて4つの足で行く羽のあるすべての生き物は、あなたがたにとって忌むべきものである」(レビ11:20)。むしろ、その推論は次のように理解されなければならない。すなわち、あなたは非コシェルの羽が生えた生き物を食べることはできないが、非コシェルの羽が生えた生き物がその体から分泌するものは食べることができる。それは一体何なのか?それは、ミツバチの蜂蜜のことである。 
ゲマラGemaraによるバーライターbaraitaの続きの引用。ある人はギッジン(訳注:意味は不明。文脈からは蜜を出す昆虫)や狩り蜂の蜜さえ許されていると考えているようである。それにもかかわらず、あなたはノーと言う。バーライターbaraitaの質問。ミツバチの蜂蜜を食べることが許されているものとして包括し、ギッジンや狩り蜂の蜜は禁じられているものとして排除するのは一体何なのか?バーライターbaraitaの答え。ミツバチの蜂蜜の名前には修飾語がない。たとえば、蜂蜜という語だけで常にミツバチの蜂蜜を指していることから、わたしはミツバチの蜂蜜を包括する。そして、ギッジンや狩り蜂の蜜の名前には修飾語がある。たとえば、これら特有のタイプの蜂蜜を特定するためにギッジンあるいは狩り蜂という語を必ず付け加えなければならず、わたしはギッジンや狩り蜂の蜜を排除する。 
ゲマラGemaraの注解。ギッジンや狩り蜂の蜜は、儀式的に穢れたものに影響されやすいものではなく、消費は許されているではないか、というバーライターbaraitaで教えられている意見と調和している。[しかし]それはラビ・ヤーコブRabbi Ya'akovの意見には調和していない。
「儀式的に穢れたものに影響されやすいものではなく」という表現からのゲマラGemaraの推論。ギッジンや狩り蜂の蜜が儀式的に穢れたものに影響されやすくなるためには、それを食べる、つまり食べ物にするという明確な意図が必要であるようである。さらに、バーライターbaraitaは、ミツバチからの蜂蜜は、影響されやすくするためにそれを食べるという明確な意図は必要ないことを示唆している。なぜなら、それは食物として通常用いられているからである。これは、巣箱にまだある蜂の蜜は、意図がなくとも食物として儀式的に穢れているものに影響されやすい、とバーライターbaraitaでも教えられている。

ミシュナー第5巻コダシームKodshimのベホロットBekhorot 7b(私訳)

https://www.sefaria.org/Bekhorot.7b.4?lang=bi

長かったですね。これを要約すると、次のようになります。

「わたしたちはミツバチを食べてはならない。それらは穢れているからである。ではなぜわたしたちは蜂蜜を食べることを許されているのか。なぜならミツバチは体の中で蜂蜜を作っているわけではなく、植物や花から蜜を集めているにすぎないからである」。

蜂蜜は汚くないのか?


ラビたちの議論を不毛なものとして一笑に付するのは簡単です。ラビの権威を認めないキリスト教の立場からはそうなるでしょう。しかし、これはユダヤ教徒にとっては真剣なものでした。ラビたちがこうしてまで議論を重ねたのは、モーセの律法(トーラー)だけでなく口伝律法(タルムード)もまた彼らにとって重要だったからです。

ラビたちが重視していたのは、宗教的な穢れについてでしたが、今日のわたしたちも同じ問いを発しても良いでしょう。蜂蜜は、ミツバチが一旦蜜胃まで入れて吐き出したものです。人によっては昆虫が吐き出したものを食べるなんてゾッとするという人がいても不思議ではありません。

もし蜜が他の衛生害虫が吐き出したものだったらどう感じるでしょうか。多くの人はなぜかミツバチだけは特別視し例外扱いしていますが、ミツバチに限って吐き出したその甘味を食べてもよいという現代人の理屈は矛盾に満ちているように思われます。


スズメバチ撃退に動物の糞を用いるトウヨウミツバチ


この記事は何か月も前に書き溜めていたものですが、偶然にも公開前に興味深いニュースが入ってきました。

ミツバチ、動物の糞でスズメバチを撃退、研究

ベトナムのトウヨウミツバチ(Apis cerana)は、スズメバチ(Vespa soror。腹部の先端が黒くヒメスズメバチに似たスズメバチ)の偵察を受けマーキングされたら、ニワトリやウシの糞尿を巣門周辺に塗っているというのです。

そういう糞の塗りつけ行動を取っているのは、マーキングにつかったフェロモンを消すためか、あるいは糞尿に忌避効果のある成分があるためなのか、まだ突き止められていませんが、おそらくは前者でしょう。

こうした行動は、論文の形で発表されてはいませんでしたが、ニホンミツバチの間でも観察されていました。なかなか不都合な真実ですが、現実は現実として受け止めなければなりません。

なお、セイヨウミツバチで同様の行動があるかどうかは不明です。少なくとも論文でも現実の観察でも、そのような行動が確認されたことはありません。


聖書とハチミツ6--バプテスト・ヨハネの野蜜」に続きます。

2020-12-11

ビニール袋は保温に役立つか


「収納用の大きな、かつ厚くて破れにくい透明なビニール袋で養蜂箱を包むなら、ビニールハウスのように暖かくなり楽々越冬できるのではないか」という誰もが思いつきそうな、しかし誰もやらない、それにはきっとやらない理由があると思われる「迷案」を試してみました。

ビニール袋は意外と大きく、養蜂箱(7枚)が都合よく収まりました。


デジタル温湿度計は巣枠の上に置きました。Switchbotと言う商品で、Bluetooth通信でスマホからログを取り出すことができます。温度を知るためにわざわざ蓋を開ける必要はありません。

その結果がこれです。

前面以外は底面も含めてビニール袋で覆ったというのに、「夜から早朝、そして日があたるまでの間は、巣箱内温度の方が外気温よりも低い」という驚愕の結果が出ました。ビニール袋は越冬目的の保温には逆効果ということです。

もっともこの結果は、実験を始める前から予想されていました。

どのような物体も常に熱を放射し、温度は下がっています。これを放射冷却といいます。熱という電磁波は宇宙の果てまで飛んでいっているのです。夏であろうと冬であろうと、昼であっても熱を放射し続けています。

物体に熱を与えるものに、太陽光や地熱、媒体としての空気があります。特に養蜂箱の場合はミツバチ自体も発熱し熱源のひとつになっています。

夜は太陽からの熱が得られないので熱は放射していくばかりです。結局どのような物体の温度も、地熱で加温される場合を除いて外気温と同じになります。

しかし、ビニール袋をかぶせると空気の層ができてしまい、そこで良くも悪くも外の空気から遮断され、しかし同時に熱の放射は続くため、ビニール袋の中の物体の温度は外気温よりも下がることになります。もしビニール袋をかぶせていなければ外の空気と直に触れ同じ温度になっていたのですが、余計なことをしたせいで巣箱の温度は下がるという期待とは逆の結果になってしまいました。

こうした現象は養蜂箱に限らず全宇宙のビニールハウスにおいても同じことが起きています。また、ビニール袋を使わなくても、養蜂箱を厳重に密閉し空気の循環を妨げるなら、(蜂の発熱を度外視しますが)巣箱の温度は外気温よりも下がることになります。

もちろん一般的には蜂が発熱するため、養蜂箱の温度が外気温よりも下がることはないでしょうが、弱群ならそうしたことは十分起こりえます。

わたしはデジタル温度計を使ってこのような現象をわざわざ確認しましたが、多くの人がそもそもこうしたことを行わないのは、一目瞭然、湿気るからです。


たった48時間でこれだけ結露しました。この群れは強群どころか、非常に小さな群れです。一体どれだけ花蜜を集めてきたのでしょうか。


根本的に言えば、ビニール袋のどこかに穴を開けて外気が通じるようにし、また、湿気がたまらないようにするならビニール袋も昼間の加温には役立つでしょう。しかし、自然にないことをわざわざする必要もありません。メリットよりもデメリットの方が上回ります。

なお、同様の温度モニタリングは昨年の12月にも行っています。

温湿度計による巣箱内温度のモニタリング