2020-01-24

ダニ問題について

今日、日本や世界で養蜂を困難なものにしている原因に、ミツバチに寄生するダニがあります。ダニは体液ではなく脂肪体を食べて宿主を衰弱させるだけでなく、致命的なウィルスを蔓延させてもいます。人間でもマダニ(が媒介するウィルス)によって殺されることがあるのです。ミツバチならなおさらです。

このミツバチを悩ますダニとはヘギイタダニと呼ばれるダニです。日本で近代養蜂が始まったのは19世紀からですが、比較的早い段階からダニがミツバチに着いて衰弱させていることは認識されていました。

当時は、ヘギイタダニは「蜂虱」と呼ばれていました。その頃はまだ深刻な問題とは考えられておらず、「勢いの弱い蜂群に見られる」とか、「群れを強勢に保っていれば問題になることはない」とか、その程度の認識しかされていませんでした。

今日ヘギイタダニは「縮れ羽病」の媒介者として恐れられています。よくある言い方をすれば、ダニは「小さな殺し屋」なのです。


薬剤抵抗性について


小さな殺し屋に対処する簡単な方法は農薬(動物用医薬品)を使うことです。しかしこれが自らの首を締めることになりました。ダニの薬剤抵抗性を高めることになったからです。

日本の農水省は、ダニ駆除剤としてアピスタンしか認可していない時期がありました。そのような期間が10年以上にわたって続き、ダニが薬剤抵抗性を獲得する下地が作られました。

一種類の薬しかなかったため連続で使用され、ダニは容易に薬剤抵抗性を身に着けていきました。薬の効きが悪くなったので、サプライヤーを含む養蜂家らは用法に従わない使い方を繰り返し、ヘギイタダニはますますアピスタン耐性を獲得するという悪循環に陥っていったのです。そして、その「強い」ダニがミツバチと共に日本中に供給されていきました。

農水省が一種類の薬剤しか認可しなかったことは農事行政の過ちと言わざるをえません。現在はアピバールという別の薬が認可されており、交互に使うことが推奨されています。アピバールでアピスタン抵抗性を有するダニを駆除しろということです。理屈としては筋は通っていて、アピスタンのみでやっていくよりもマシですが、アピバールも効き目が弱くなっているようです。つまり、どちらの薬剤にも抵抗性を有するダニが出現しているということです。

もう一種類別のダニ駆除剤が認可されれば状況は改善されるのでしょうか?時間稼ぎにはなるでしょう。しかし、ますます「無敵のダニ」を生み出すことになるでしょう。

そもそもダニという種族は薬剤抵抗性を獲得する能力に長けた生物です。化学的処置に頼り続けては、いずれ行き詰まることになります。別のアプローチが必要です。


清浄群の作り方


ヘギイタダニの(ほとんど)いない群れを作ることは比較的簡単です。女王蜂が未交尾の間に蛹を含む蜂児巣房を取り除き、ダニ駆除剤を数日投入することです。あるいは、晩秋から初冬や真夏の産卵停止期間に処方することです。

また、新女王蜂が生まれた群れから蜂児巣枠を抜くと、それだけでその群れのヘギイタダニは少なくなります。この方法の問題点は、人口(蜂口?)ピラミッドがいびつになることです。若年層がほとんどいない群れになってしまいます。現代日本で少子高齢化が問題になっていますがそれどころの話ではありません。巣作りや巣内の掃除、蜂児の世話、特に女王蜂へのロイヤルゼリーの供給や世話は、本来若齢蜂の役割ですが、これを高齢蜂がカバーしなければならなくなります。さらにその高齢蜂が寿命を迎えた頃には、女王蜂が一から産み増やした若齢蜂が、ごっそり抜けた高齢蜂の仕事をカバーすることになります。人口ピラミッドの歪みが解消するのに3か月ほどかかり、強群に育つのにはさらに時間がかかります。


汚染群になる理由


清浄群だとしてもダニ耐性を獲得しているわけではありません。清浄群もいつでも汚染群になりえます。

その原因として「迷い蜂」があります。ミツバチは賢く自分の巣を覚えているといいますが、間違えることはよくあります。養蜂箱はどれも同じ外観をしているので、それが誤帰巣の原因になっています。ダニに寄生された蜂が間違って巣に入ると、清浄群も汚染群になってしまいます。養蜂場にはたくさんの養蜂箱が並んでいるため、誤帰巣を防ぐのは非常に困難です。

別の原因として「盗蜂」すなわち他の群れから蜂蜜を奪うことがあります。他の群れに蜂蜜を盗りに行ったらダニまで持って帰って来たということです。これはニホンミツバチの巣に盗蜂に行った時にも起こります。

結局どうやったところでダニ対策が尽きることはないのです。


グルーミング


猿は互いに毛づくろいします。寄生虫を取っているのだそうです。ニホンミツバチも相互グルーミングを行っていて体に着いたヘギイタダニを落としています。そのため、ニホンミツバチにヘギイタダニ問題はありません。少なくとも顕著ではありません。

セイヨウミツバチはあまりグルーミングを行なわないため、ヘギイタダニに殺られています。セイヨウミツバチがヘギイタダニと出会って百年以上経っていますが、未だにニホンミツバチ並みのグルーミングを覚えていないようです。厳密にはグルーミング行動は観察されているのですが、ニホンミツバチと比べると3分の1程度の頻度のため、ヘギイタダニ問題を克服する域には達していないのです。

カルニオラ種というスロベニアの黒いミツバチは、外観も性質もニホンミツバチに似ておりグルーミングを行うところまで同じで、他のセイヨウミツバチと比べて高いヘギイタダニに耐性を持っています。それでも首尾よく抵抗しているようには見受けられません。国内においては多くの先達がカルニオラ種の導入を試みていますが、ヘギイタダニを克服したという報告は、論文はもとよりネットにおいても存在していません。


ミツバチの未来


ミツバチに数百万年にわたる自然淘汰の歴史を前にすると、人間の知恵なぞ浅いものです。まして「最近」始めた蜂飼いが何かに閃いてこの問題の解決方法を奇跡的に確立するなんてことはありません。

人間があれこれ余計なことをしなくても、当事者である蜂は蜂でなんとかやっていくはずです。ダニ耐性を飛ばしてウィルス耐性を先に獲得することさえあるかもしれません。

わたしにできることと言えば、工夫を続けることと、蜂群の状態やヘギイタダニの死骸をつぶさに調べて耐性獲得の兆しを見逃さないことくらいです。