小野の長池と弥三郎池

小野の北側、山裾には長池と呼ばれる上荘で2番目に大きな池(小野687)があります。これもまた、塔の池と同様、見土呂の大西知雄が中心となって造られた/改修された溜め池です。

塔の池と大西知雄

元は山の谷間にある池で灌漑には不十分だったものを大西知雄が中心となって改修し、1831年(天保元年)に完成させました。塔の池の完成が1827年(文政10年)のことなので、塔の池(上池)完成の余韻に浸る間もなく、長池改修プロジェクトが始まったのでしょう。

一連の事業は、大西知雄の篤志家としての一面を表すものであるのは間違いありませんが、同時に多くの小作地が小野や薬栗にあったことも物語っています。


弥三郎池


ところで、長池のすぐ南東に「弥三郎池」(小野字中池484)という、上荘のみならず加古川においても例外的に人名が付された小さな溜め池があります。人名が付されている場合それを顕彰して造った人に因むのが普通なので、おそらくそういうわけなのでしょうが、これについて資料はありません。

順序としては、長池が溜め池として改修された後にそれよりも小さい溜め池をわざわざ造る合理性はありませんから、弥三郎池が造られたのはそれよりも以前だったと想像されますが、これについても資料はありません。

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