加古川市における上荘町


かみしょう?かみそう?


上荘町とは、加古川市の北部に位置する、かつて上荘村だった区画です。地元の人は「上荘」のことを「かみしょう」と読むことが多いですが、行政側は「かみそう」と読ませたいようです。なお、「かみそう」をローマ字で表記する場合は"kamisou"ではなく、"kamiso"となります。

しかし、「上荘」の「荘」は中世の荘園(しょうえん)制度に由来していますし、地元の神社の名称は「上之庄神社(かみのしょうじんじゃ)」です。さらに、上荘小学校の校歌では同校のことを「かみしょうしょうがっこう♪」と歌います。「上荘」をどう読むべきかは明らかでしょう。


人口


果たして加古川市民は上荘のことをどれだけ知っているのでしょうか。上荘町には一度も行ったことがないという人は少なくないかも知れません。

加古川市の人口は2019年4月1日現在で、26万2647人です。対して上荘町の人口は4574人(1758世帯)です。つまり、上荘町住民は、加古川市民の約1.74%の割合しか占めていないのです。高校の40人クラスに1人いるかいないかといった程度です。

 加古川市の人口統計

ちなみに、
  • 1891年(明治24年) 2929人(586戸)
  • 1909年(明治42年) 3099人(587戸)
  • 1920年(大正9年) 2950人(619戸) 
  • 1935年(昭和10年) 3040人(621戸)
  • 1950年(昭和25年) 4086人(816戸)
でした(出典:角川日本地名大辞典(28)兵庫県(角川書店、1988年))。

ほとんど増えていないですね。1972年頃から分譲が始まった新興住宅地都台や両荘苑の人口を考えると、むしろこれまでになく人口を減らしています。なお、加古川市のホームページで確認できる限りでは、2002年(平成14年)の5737人が最も多く、それ以降ずっと減少を続けています。


都市計画上の位置づけ


加古川市には、「加古川市都市計画マスタープラン」というものがあります。それによると、加古川市は、北部・南部および中央部・臨海部の3つにゾーニングされており、北部は「主に農村および丘陵地域」と認識されています(ちなみに、南部・中央部は市街地、臨海部は工業地域とされています)。このような認識に基づき上荘町は、市街化とは正反対の開発管理区域(市街化調整区域)とされています。上荘町にはスーパーマーケットもありません。主な施設と言えば、「みとろフルーツパーク」、「日光山墓園」、「加古川市斎場」くらいでしょうか。他に挙げるとすれば、小野にある「竜ヶ池灰埋立最終処分場」、白沢にある「磐東第2不燃物最終処分場」があります。どうやら上荘は加古川市民にとっての最終処分場のようです。

加古川市都市計画マスタープラン

このように、市の都市計画に基づけば、上荘町が今後発展することはなさそうです。田園風景のまま、人口は増えることなく過疎っていくのでしょう。しかしこのことは、養蜂にとって非常に好都合なことです。

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