藤原実資(さねすけ)の日記『小右記』1017(寛仁元)年の日記
この日記は、ニホンミツバチがいた証拠として挙げられることが多く、倉本一宏氏など『小右記』の研究者でも、そういう注解をすることがあります。しかし、昆虫の生態に通じている国文学者がいるわけもなく、そのような注解は、拙訳『家蜂蓄養記』に指摘しているとおり、誤りです。
内容は以下のとおりです。
「長押間有蜜巣事」
九月十二日丁未今夏以来西対唐庇連子下木与長押間蜂多猥雑昨今見其巣有蜜巣取一壺令嘗極甘者今旦召忠明宿祢令見申無疑由仍相構令取其巣深在連子下底先執数蜂納黒漆壺其後取出有未成身之子巣等又多有盛蜜之巣瀉入唐白茶垸全二合即放数蜂是希有事也仍記子細
漢文で見ると短いですね。現代語訳は、『全訳家蜂蓄養記』に書いてありますので、そちらをご覧ください。
なお、この記述のない『小右記』もあります。写本によって異なるのです。「長押間有蜜巣事」は、「前田家」所蔵の写本に記されていたようです。
https://dl.ndl.go.jp/pid/3450192/1/62
現在放送中のNHKの大河ドラマは、この時代のことを扱っており、『小右記』に詳しい倉本一宏氏が時代考証に参加されているようです。まさか上のシーンが放送されることはないと思いますが、ニホンミツバチが映し出されないことを祈るばかりです。
日本の悪しき教育システムに、高校の「理系」と「文系」の分離があります。『小右記』研究の第一人者が堂々と間違えてしまったのも、この教育システムに原因があると言えるでしょう。拙訳『全訳家蜂蓄養記』の「あとがきにかえて」にも書きましたが、本来学問に「理系」も「文系」もありません。今後は、どちらも自在に操れる文理両道の研究者が、学問をリードすることになるでしょう。
【追記】
近頃、「食生活研究」(食生活研究会)という雑誌の中で、関西大学の吉田宗弘名誉教授が、「江戸時代より前に国産蜂蜜は存在しなかったかもしれない」(2024、44巻3号、pp149-157)というタイトルで、「ニホンミツバチ外来種説」を論評されました。
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202402238444081556
その中で、この『小右記』の「蜜蜂」についても検討を加え、「この蜂はニホンミツバチではなくマルハナバチだ」とする「東の考察は妥当である」と評しています。
この論文「江戸時代より前に国産蜂蜜は存在しなかったかもしれない」については後日改めて紹介する予定です。
待ちきれない方は、所蔵する以下の大学図書館でご覧ください。